2015年・宣伝会議主催「編集・ライター養成講座」卒業製作
目次
尾道焼きの魅力を再発見する旅
広島県尾道市。映画「東京物語」や連続ドラマ「てっぱん」などにも登場するこの町は、古い町並みや、坂道が続く光景などで有名だ。
名物は広島お好み焼きをベースにした「尾道焼き」や、あっさり醤油味の「尾道ラーメン」などがある。
ゴールデンウィークに尾道を訪れた時、わたしは四軒のお好み焼き屋を回った。
店ごとに味が違ったり、カウンター越しに店主とおしゃべりできたりと、その奥深さにすっかりはまってしまったのだ。
今回はシルバーウィークを利用して、尾道焼きの魅力を再発見する旅に出た。
「尾道駅」から徒歩約10分。民家が並ぶ通りに「お好み焼き もとちゃん」はある。
店に入ると、元州栄子さんと、娘のけいさんが出迎えてくれた。
「まぁ、いらっしゃい。この前来てくれた方ね!」
二人の、広島なまりのやわらかい喋りが懐かしい。
再会の挨拶もそこそこに、「もとちゃん焼き」を注文。
早速、栄子さんが目の前の鉄板でお好み焼きを作り始める。
「まずは生地を敷くでしょ。そこにキャベツ・かつおの魚粉・そば・天かす・豚肉・砂ずり(砂肝)をのせていくの」
あっという間に、こんもりとした山ができあがる。尾道焼きの「重ね焼き」と呼ばれる製法だ。
すべての具材を一度に焼き上げる関西お好み焼きに比べると、その作り方はとても手が込んでいる。
完成まで15分ほどかかるので、その間は栄子さんたちとのんびりと雑談。完成までの間に店員とおしゃべりができるのも、尾道のお好み焼き屋の特徴だ。
両面をじっくり焼き上げ、最後に溶き卵とネギをのせれば「もとちゃん焼き」の完成。
ヘラを使って、鉄板から直接いただく。まるで自分の家で食べているようなカジュアルさが楽しい。
一口食べて驚くのが、キャベツのとろけるようなやわらかさ。
芯まで火が通ったキャベツはサクサクとやわらかくて、ほんのり甘い。そこにこってりした甘口ソースがからみ、絶妙のハーモニーが奏でられる。
主役の豚肉や砂ずりは、塩コショウであっさりとした味付け。
この二役のおかげで、ソースの味に飽きることなく、最後までお好み焼きを楽しめる。砂ずりのコリコリとした歯ごたえは、食感にもアクセントをプラスしてくれる。
また、そばもソースとの相性抜群だ。鉄板で焼いたのにパリパリに固くなっておらず、焼きそばの感覚で食べられる。
(お好みで、そばをうどんに変更することも可能。)
卵・ネギ・魚粉といった脇役は、ふんわりとした香りが漂う。
すべての具材がしっかりと役割を持っていて、不要なものは一つもない。そう断言できるほど、尾道のお好み焼きには計算しつくされた味わいがある。
今回は特別に、メジャーを使ってお好み焼きの直径を測らせてもらった。
その長さ、なんと23センチ! ちょうど中皿ほどのサイズだ。
「お母さんは自分が食べるときにお腹いっぱい食べたい人やけぇ、お客さんにもお腹いっぱい食べてもらいたいんよ」と、けいさんが教えてくれた。
母と娘、二人三脚で支えるお店
栄子さんはお好み焼き屋を始めて20年。けいさんの学費のたしに、お店を始めようと思ったのがきっかけだった。
「前はある製麺所でバイトしとったんやけどね、自分でお店をやってみたくなったんよ。お好み焼きなら、家にいながらでも商売できるしね」
10年前、病気で体を壊した時は、お店をやめようか迷ったこともあったという。
するとけいさんが
「せっかく長くやって来たんだから、これからも続けようよ」
と栄子さんを励ました。けいさんは勤めていた仕事をやめ、一からお好み焼きの作り方を学び、栄子さんを支えた。
二人並んでお好み焼きを焼く姿は、家族経営の店特有の温かさを感じる。
今回お邪魔したのは、午後五時からの夜営業の時間だった。日が暮れていくに連れ、店はにわかに活気づいていく。
まず来店したのは、グレーの作業着を着た男性。仕事を定年退職してから、家庭農園を趣味にしているという。彼はビールとおつまみを注文すると、
「これ、うちでとれたむかごや」と言って、栄子さんに芋が入ったビニール袋を差し出した。
「あらぁ、ありがとう。こんなん初めて見るわ」
「ご飯の中に炊きこんで食べるとな、うまいで」
続いてやってきたのは、郵便配達を20年やっているという男性。
「ぼくね、今日は焼きそばで」すっかり慣れた様子で注文をするあたり、相当な常連さんのようだ。
「このお店に来た数ですか? もう数え切れないぐらいですよ」そう言って、彼は笑った。
このお店のどんなところが好きですかと聞くと、
「この適当な感じがねぇ……」と、しみじみ。「座る場所も自由だし、気軽に入れるところがいいね」
このように多くの常連が「もとちゃん」に通っているが、観光客が入りづらい雰囲気は少しも感じられない。栄子さんが、観光客も常連も丁重にもてなすからだ。
「常連さんしか来ないお店じゃダメ。新しく来た人にも『おいしい』って言ってもらえるお店にしなきゃね」と、栄子さんは語る。
わたしも、栄子さんの厚いおもてなしを受けた観光客の一人だった。
ゴールデンウィークに初めて「もとちゃん」を訪れた時、店内では三人ほどの常連さんたちが食事をしていた。
彼らの輪に入ってみたいが、何を話せばいいかわからずオロオロしていると、栄子さんが「どちらからいらしたんですか?」と声をかけてくれた。
わたしが「東京です」と答えると、店の雰囲気が一瞬にして変わった。
「あなた、東京から来たの! 一番の目当てはどこ? 尾道! それは嬉しいわぁ」
「ええ時に来たで、あんた。今ちょうど尾道みなと祭りやってるけぇ、見て行きや」
店員さんからもお客さんからも温かい歓迎を受けて、わたしは一日で尾道のことが好きになった。
わたしは栄子さんに、
「お店をやっていてよかったことはなんですか?」と聞いてみた。栄子さんは
「こうやって、色々な人と話せることかな」と、ポツリと言った。何気ない一言に、20年という時間の重みを感じた。
気が付くと、閉店時間になっていた。「シルバーウィーク中は尾道にいるので、東京に帰る前にもう一度挨拶に来ます」と挨拶をして、わたしは店を出た。
親子三世代で営むお店「ふうらん」・昔の尾道を知るお店「トマト」
本通り商店街は、尾道のメインストリートだ。「お好み焼き ふうらん」は、その商店街の中ほどにある。
「お店の魅力は、笑顔です!」
と語るのは、看板娘の三宅芽生さん。
芽生さんは地元の高校に通いながら、お店の手伝いをしている。
祖父の清さん、父の信明さん、母の美加さん、娘の芽生さんの四人で切り盛りするお店は、家族の和気あいあいとした雰囲気にあふれている。
お客が入ると、まずは芽生さんが注文を取る。注文を受けると、清さん、信明さんがお好み焼きを焼く。お好み焼きができあがると、美加さんがお皿を運ぶ。息の合ったコンビネーションが、すぐ目の前で繰り広げられる。
「ふうらん」のお好み焼きは、ニンニクの入った「スタミナ焼き」や、牛すじの入った「牛すじ焼き」(どちらも800円)など、食べごたえのあるものが多い。
香ばしいニンニクや、脂身がトロリとやわらかい牛すじなど、ついつい箸が進む味だ。
人通りが多い立地のため、連休は観光客でにぎわっている。信明さんは初めて尾道に来たお客さんを、サービス精神たっぷりにもてなす。
「お客さんは、どちらからいらしたんですか?」「そばとうどんどっちが好き? 両方? それじゃあ、どっちも入れてあげますね」
信明さんの笑顔に、どんなお客さんもすぐに緊張がほぐれる。大きな体を震わせてクスクスと笑う信明さんを見ていると、なんだかこちらまで楽しくなってくる。
「お店をやっていて良かったこと? 色々な人と話せるのが楽しいね」と、信明さん。
「うちに来たお客さんが、地元に帰ってからおみやげを贈ってくれたり、手紙をくれたりするのが嬉しいよ」
食事を終えて店を出ようとすると、信明さんは「それじゃ、気をつけてね」と言って、ひとつかみの飴玉をくれた。
古くからの尾道を知る、「トマト」
「さぁ、何から話しましょうか」
飄々とした口調で語るのは、お好み焼きを焼いて17年、「お好み焼き トマト」の山本岸江さん。駅から徒歩約3分と、絶好のロケーションにお店はある。
岸江さんは、昔ながらの尾道の様子を語ってくれた。
「昔は海岸沿いに、古い家がぶぁーっと密集しとってね。そこに天ぷら屋だのお好み焼き屋だの、色んなお店があったんよ。今はもう、再開発でみんななくなっちゃったけどね」
岸江さんが小さい頃は、お好み焼き屋に食べ物を持ち込むのが当たり前のことだったという。
「昔は貧しい人が多くてね、お店に卵やおもちを持ち込んで、お好み焼きに入れて食べる人がおったんよ。ご飯を持って行って、焼き飯にしてもらう人もおったかな」
そんな自由さが今も残っているのか、「トマト」のメニューはお好み焼きから鉄板焼きまで、実に20種類以上もある。オススメは砂肝とのしイカが入った、スタンダードな「尾道焼き」。
マヨネーズのこってりした風味とソースの甘みが、クセになるおいしさだ。
のしイカは、まるでおばあちゃんの家で食べたイカせんべいのような、懐かしい味がした。
続いて岸江さんは、尾道の今の姿を語ってくれた。
「尾道は今でも地域の繋がりが深くてね。住民みんなが知り合い、みたいな感じなんよ。商店街なんかを歩くと必ず知り合いに出くわすからね、『急いでいる時は、商店街を避けて通る』って人も多いよ」
「お店をやっていてよかったこと? そりゃあ、色んな人と話せることかな」
と、岸江さんはあっけらかんとした口調で言う。
「常連さんと会って話をしたり、全国の色々な所から来た人とおしゃべりしたりね。家でぼーっとしているとボケるけど、お店をやっているとその心配がないね」
明るい笑顔がお出迎え! 「お好み焼き 笑門」
シルバーウィーク最終日。向かったのは、ショッピングモールのすぐ近くにある「お好み焼き笑門」。
「名前は日松淳子。桜田淳子と同じ字よ」
明るく話す淳子さんは、お店をやって12年。自分のお店を持つことに憧れて、独学でお好み焼きを学んだ。
淳子さんのオススメは、通常の尾道焼きに、もち・牛すじ・焼きイカ・エビ・揚げイカなどをプラスした「スペシャルモダン焼き」。
焼きイカやエビなどの海鮮物は、ソースの味付けにより、まるでたこ焼きのような風味。ありとあらゆる具材が入っているので、最後の一口まで飽きさせない。
お店の客層は、学生・主婦・ファミリー・お年寄りと、実に幅広い。学生でも気軽に食べられるようにと、「学生モダン焼き(550円)」というメニューもある。
淳子さんはお客さんとの交流を心から楽しんでおり、最近あったことを嬉しそうに話してくれた。
「この前来たおばあちゃんがね、うぐいす豆を持ち込んで、お好み焼きに入れくれって頼んできたのよ。あとね、あるお客さんが教えてくれたんだけど、『烏須井神社』っていうところで、野性のフクロウが観察できるの! 見にいったけど、とってもかわいかったなぁ」
そんな淳子さんに向かって、わたしは半ば答えがわかっている、あの問いかけをしてみた。「お店をやっていて良かったことはなんですか?」
淳子さんは間髪をいれずに「人との出会いがあることかな」と、答えた。「小さな町だから、お客さんと一人友だちになると、そこからどんどん輪が広がっていくのよね。それが楽しいんだ」
四軒のお好み焼き屋の取材を終えて
「お好み焼き 笑門」の取材が終わると、わたしは取材したお店を一軒一軒挨拶して回った。「気をつけて帰ってね」というお店の人たちの言葉を背に、尾道を後にした。まるで、もう一つの故郷ができたような気分だった。
四軒のお好み焼き屋を取材して、強く感じたことがある。
尾道のお好み焼き屋さんは、とにかく人との交流が好きなのだ。取材したすべてのお店が「お店をやっていて良かったことは、色々な人と話せることかな」と即答するほど、気持ちの良い人たちばかりなのだ。
そもそも取材の電話をかけた時点で、どのお店も「取材? いいよ」と二つ返事で承諾してくれた。取材が始まると、「うちのオススメのメニューはね……」と、嬉しそうに話しだす。わたしがライター講座の一受講生で、必ずしも原稿が公表されるわけではないことを伝えても、「ああそう。それじゃ、原稿が完成したら見せてね」と、実にあっけらかんとしている。
まだ行ったことがない人は、ぜひとも尾道を訪れてほしい。そして、お好み焼き屋に足を運んでもらいたい。緊張する必要はない。体一つでお店に飛び込んで、「わたし、東京から来たんです」とひとこと言えば、お店の人、そして常連さんたちが、仲間の輪に加えてくれる。
今日も尾道では、たくさんのお好み焼き屋が店を開いている。そして人好きな店主たちが、お客さんとの出会いを、あなたとの出会いを待っている。
この記事へのコメントはありません。